以前書いた、雨どいに溜まった泥をぽいぽい捨てていた頃の話だが、そのころ久しぶりに隣のサラリーマン大家さんと再会した。
こちらは毎週、定休日になるたびに現場へ通い、少しずつ手を入れていた。
だから私の家のほうは、来るたびに少しずつきれいになっていった。
一方で、隣の物件はというと、大家さんが忙しいのか、あまり現場に来ていないようで、私が作業を始めた頃と比べても、あまり状況が変わっていないように見えた。
ただ、久しぶりに会うと、その大家さんは親しげに話しかけてきた。
そこから自然と情報交換が始まった。
もちろん、大家業としては向こうのほうが先輩である。
もっとも、私は別に大家になるつもりはなかった。
この家は最終的に売るつもりだったからだ。
それでも、現場を持っている者同士の話には、やはり参考になることがあった。
その中で、特に印象に残ったのは、
「入居者って、実はあまり外観を気にしないんだよ」
という話だった。
外壁の汚れなどは、思っているほど気にされない。
けれど、内装の汚れは非常に気にされる。
だから、外装にお金をかけるより、内装にお金をかけたほうがいいですよ――。
そんなアドバイスをもらった。
これは、賃貸経営として考えれば、たしかに一理ある話だと思った。
実際、私の経験でも、外装工事のほうがはるかにお金がかかる。
この家でも、一度プロに内装工事の見積もりを取ったことがあった。
全部の壁紙の張り替え、水回りのクッションフロアの張り替え、障子やふすまの張り替えまで全部含めて、たしか46万円くらいだった。
ところが、外壁と屋根の塗り替えを業者に頼むとなると、話はまるで違う。
この35坪くらいの家なら、当時でもおそらく120万円くらいはかかったと思う。
しかも今は建築費が上がっているから、もっと高くなっているはずだ。
これは5年くらい前の話である。
そう考えると、
「内装にお金をかけたほうがいい」
というのは、賃貸オーナーにとっては非常に合理的な話だと思った。
少なくとも、費用対効果という意味では納得できる。
ただ、私の場合は事情が違った。
私はこの家を貸すのではなく、最終的に売るつもりだった。
そうなると、外壁や屋根の塗り替えは避けて通れないと考えていた。
なにしろ、この家の大きなマイナスポイントは二つあった。
一つは駐車場がないこと。
もう一つは、外壁が平成初期によくあったグレー系の色で、しかもそれが色あせていて、どうにも古びた印象を強く出していたことだった。
いわば、見た瞬間に
「古い家だな」
と思われてしまう外観だったのである。
だから、売却を前提に考えるなら、外壁と屋根の塗装は必須作業だと私は思っていた。
そんなふうに大家さんと話していると、もう一つ、少し面白い話題を思い出した。
ここで、以前イチョウの木を切り倒した時に逃げていった、近所の酔っ払いのおじさんが再登場するのである。
今思い返しても、本当にあの人は怪しかった。
ある日、私がベランダで作業していたときのことだった。
そのおじさんが、あたりをキョロキョロ見回しながら、隣のサラリーマン大家さんの物件に近づいていった。
その家は、リビングから庭へ降りるためのたたきがまだできていなかった。
そのためだろう、たぶん今後それを作るつもりで、灰色のコンクリートブロックが20個ほど積んであったのである。
私はベランダにいたのだが、たぶんそのおじさんからは私が見えていなかったのだと思う。
何しろ、いつも酔っていたからだ。
なんとなく気になって、その様子を見ていた。
すると、そのおじさんは、まさかの行動に出た。
積んであったコンクリートブロックを、少しずつ盗み始めたのである。
最初は見間違いかと思った。
だが違った。
キョロキョロと周囲を確認しながら、1個、2個と運んでいく。
「えっ……」
私はベランダの上で、しばらく固まってしまった。
声をかけるべきか。
それとも見なかったことにするべきか。
正直、かなり迷った。
ただ、そのとき私の中で働いたのは、妙な正義感ではなく、現場を守るためのリスク感覚だった。
もしここで声をかけて、変なトラブルに巻き込まれたら面倒なことになる。
しかも私はその現場に毎日いるわけではなく、定休日に週一回程度通っているだけである。
万が一、逆恨みされて何かされても、その場を押さえることもできないし、証拠も残らない。
そう考えると、ここで無理に正面から関わるのは危ないと思った。
結局、私はその場では静観することにした。
そして、後日、久しぶりにそのサラリーマン大家さんと会った時に、その話を伝えた。
大家さんは少し驚いていた。
ただ、その後、その酔っ払いのおじさんに何か働きかけたのかどうかは、私にはわからない。
現場というのは、建物や設備だけを相手にしているようでいて、実際にはそうではない。
近所の人、前の所有者、隣の大家、そして時には妙な酔っ払いまで含めて、全部が現場の一部なのだ。
この家の再生は、建物を直すだけの話ではなかった。
周囲の空気ごと読みながら進めていくしかない、そんな種類の仕事だったのである。
「第20話建物本体へ。プロが見抜いた平成初期パナホームの弱点」へ続く


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