第4話:遺影と権利書。扉の向こうに置き去りにされた「人生」

八街再生ストーリー

鍵を握りしめ、再び八街の地に立った。
下見の際に鉢合わせた、あの母娘はもういない。
一ヶ月の猶予を与え、「必要なものは持っていっていい」と伝えてあった。
残置物が減れば、私の撤去費用も浮く。
そんな合理的な計算もあったが、本音を言えば「もう彼女たちと目を合わせたくない」という緊張感の方が勝っていた。

幸い、現地に人の気配はなかった。
しかし、敷地へ一歩踏み込むと、そこには隣の実家にも劣らぬ「植物の要塞」が広がっていた。
高さ2メートルを超える木々が十数本、わがもの顔で空を塞いでいる。

意を決して、玄関の鍵を開けた。

時が止まったままの茶の間

一歩足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。
981.jpの写真で見た通り、つい数分前まで誰かが生活していたかのように、家財道具がそのまま残されているのだ。

中でも一番驚いたのは、和室の鴨居に残された「遺影写真」だった。
薄暗い和室の隅から、ご先祖様がじっとこちらを見つめている。
「……え、これ置いていくの?」

特別な信仰心があるわけではないが、日本人として、先祖を敬う気持ちはある。

大切にされるべきはずの遺影が、捨てられた家に取り残されている。
一体、どんな絶望があれば、これを持っていくことすら忘れてしまうのか。
あるいは、何か深い怨念でもあるのか……。

勝手なストーリーが頭をよぎり、思わず背筋が寒くなる。
私は「成仏してください」と小さく念じ、手を合わせると、その遺影をそっと持ち出した。
そして、隣の実家であったろうボロ家の軒先へ、表札と共に置かせてもらった。

「ここは、私の家だった」 そんな最後の主張なのか、それともただの無気力なのか。

主を失った表札を外す時も、私は手を合わせずにはいられなかった。

捨てられた「権利書」と80年代の幻影

さらに驚いたのは、押し入れの奥に放り出された書類の中に、かつてこの家を手に入れた時の登記に関係する

書類や思い出の写真が混ざっていたことだ。

普通の精神状態なら、絶対に捨てないもの。

それがゴミ同然に扱われている。

これが競売のリアルなのか。

写真に写る元の所有者は、どうやら私と同年代のようだった。

80年代独特のファッション、あの頃の街並み……。写真の色の褪せ方。

間違いない。

私と同じ時代を歩み、この立派なパナホームを手に入れ、そして今、すべてを投げ出して去っていった一家。

その人生の重みが、私の肩にずしりとのしかかる。

プロの目で見つけた「二つの急所」

感傷に浸ってばかりはいられない。

一通り家の中を確認し、私はプロとしてこの物件を「商品」にするための戦略を練った。

この家の価値を殺している原因は、明確に二つある。

一つは、「貧乏臭いグレー」の外壁だ。

平成4年から10年位に大流行した色だが、メンテナンスを怠ったせいで、今の時代には

ただただ景気が悪く見える。

これは塗り直さない限り、誰も買わない。

もう一つは、「駐車場の不在」だ。

隣の実家に甘え、敷地をすべて立派な塀で囲んでしまった代償。

現代の不動産において、駐車場がない家は出口のない迷路と同じだ。

「この塀をぶち壊し、庭の木をなぎ倒して、車が入るスペースを作るしかない。」

2メートルを超える木々と、鉄壁の塀を睨みつけながら、私は決意した。

だがこの時、私はまだ知らなかった。

シンボルツリーとして、2階の屋根を超える高さにそびえ立つあの「銀杏の木」が、

どれほどの絶望を私に与えることになるのかを。

(第5話へ続く:開戦。1万円のチェーンソーと銀杏のボス) 
ビック・リボーン・エステートのホームページへhttps://www.bicreborn.com/

コメント

タイトルとURLをコピーしました