「木なんて、なんとかなるだろう」 それが、八街の洗礼を受ける前の私の正直な感想だった。
まずは肩慣らしに、敷地内に生い茂る2メートルほどの雑木10本から着手することにした。
YouTubeで得た知識によれば、木は地上と同じ形だけ地下に根を張っているという。
近所の植木屋に聞くと「一本3,000円で抜いてやるよ」と言われたが、私はケチった。
3万円を浮かせたいのもあったが、何より自分の手で「再生」の第一歩を刻みたかったのだ。
だが、やり始めてすぐに悟った。
スコップを垂直に入れ、根を一本ずつノコギリで切り、最後は全身の力で蹴り倒す。
10本を終える頃には、3万円を払わなかった自分を呪うほど疲弊していた。

そして、いよいよ目の前にはラスボス、高さ7メートルの巨大な銀杏(イチョウ)がそびえ立っていた。
その日は疲れ切っていた。翌日作業をすることに決めた。
「有線式」の意地と、おじさんの乱入
私はホームセンターで1万円の電動チェーンソーを買った。

プロが使うエンジン式でも、最近流行りの高価なバッテリー式でもない。
コンセントから100ボルトを直接引き込む「有線式」だ。
プロが使う電動工具は大体バッテリー式で高電圧のもの。
非常に高価で基本工具のドライバーでさえ5万程度する。
1から2万円程度で買えるものは電圧が低く、長い木ねじなどは回せない。
それに比較して有線のドライバーは7千円程度のものでバッテリー式の5万円の匹敵する・・・と思う。
「100ボルトの電源は偉大なんだよ。パワーが違う」 そんな理屈で自分を納得させ、YouTubeで学んだ「受け口」と「追い口」のイメージを頭に叩き込み、いざ木の前に立ち、ジェイソンばりに銀杏の根元にチェーンソーを入れようとした。
その時だ。
「ちょっと待った!まさかそのまま切るつもりじゃないだろうね」声の主は、向かいのあのおじさんだった。

今回の銀杏伐採の依頼主であり、元電機メーカーのサラリーマン。
彼は私のブザマな構えを見ていられなかったらしい。
「木は思った方向に倒れないんだ。
倒したい方向の枝を残して、反対を先に切らなきゃダメだ」おじさんは自宅から立派な伸縮式の脚立を担ぎ出してきた。
高所恐怖症で足がすくむ私に代わり、身軽におじさんが木に登る。
「ちょっと貸してみ」 私のチェーンソーを奪い取ると、おじさんはスパスパと枝を落としていく。
高度経済成長を支えたサラリーマンの底力。
私は下から見上げていることしかできなかった。
怪しい援軍と、スローモーションの恐怖
幹だけになった銀杏に、ついに「追い口」を入れる。
誘導のために20メートルのロープを結び、私が木の上、おじさんが地上でロープをつかんだその時、さらにもう一人の「戦力」が現れた。
近所に住む、いつも酒を食らってフラフラしている目つきの怪しいおじさんだ。

普段は避けていたのだが、元職人の血が騒いだのか、おもむろにロープを掴み出した。
私、お向かいのおじさん、そして酔っ払いの怪しいおじさん。
奇妙な三人衆でロープを引く。私はいやな予感がした。
酔っ払いのおじさんは力加減ができないように見えた。
「メキ、メキメキ……!」銀杏が悲鳴を上げた。
その瞬間、「あ、手が挟まる!」 。
とっさに手を引いたが、時すでに遅し。
元企業戦士おじさんの言葉「木は思った方向に倒れない・・・」が頭をよぎった。
木は予定を大きく外れ、あろうことか私のパナホームに向かって倒れていったのだ。
「ああ、何十万飛ぶんだ……」それ以前に俺の手が挟まってなくなるっ!
バキィッ! という破壊音が響き、何かが宙を舞う。
パナホーム直撃。
それを見た怪しい酔っ払いおじさんは、何も言わずに逃げるように去っていった。
人間というのは、切羽詰まると本能が出るものなんだろうか。
近所だし、面も割れてるのに、今さら逃げたところで何の意味もないのだが、その人はスタコラと逃げていった。
おいおいおい・・・私はロープを引っ張っていた時の酔っ払いおじさんの笑顔を忘れない。

ラスボスの最期
血の気が引く思いではしごから降り、駆け寄ると、幸いにも壊れたのは雨どいだけだった。
一部雨戸の金属部分がへこんでいるものの、奇跡的に外壁や窓は無事だったのだ。
「……よかった」 。
九死に一生を得た私は、残りの工程を進めた。
第2段階、そして最後の根元。
直径50センチを超える最下部。
チェーンソーを入れ、最後の一太刀を浴びせる。
巨大な質量がゆっくりと傾き、視界がスローモーションになる。
「ドドドドォォン!」腹の底に響くような地響き。
水分を含んだ巨木の重みが、地面を震わせた。
あんなに立派に聳え立っていたラスボスが、ついに横たわったのだ。
私は少し罪悪感があった。 木とはいえ、生命体には変わりがない。
その命を絶ってしまったという罪悪感を
今さらのように感じていた。季節はおりしも春先、倒れた銀杏に
はほのかに新芽が芽吹いていた。
ふと見ると、お向かいのおじさんが、頼んでもいないのに切り株に「木を枯らす薬剤」を塗り込んでいた。
「もう二度と芽吹かないようにしてやる」 。
私は長年の怨念が消え、清々しい達成感を漂わすおじさんの背中を見つめていた。
第7話へ続く
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