第15話 ついに自分の水が出た
ついに自分の水が出た
― 八街の地下水が教えてくれたこと ―
井戸掘りなんて、もちろん初めての経験だった。
だから、やることなすこと全部が新鮮で、知らないことばかりだった。
大変ではあったけれど、同時にとても面白かったのを覚えている。
まず驚いたのは、井戸を掘るには広いスペースが必要だということだった。
私は最初、井戸というのは地面に穴を開けて、そこに機械を立てて掘れば終わり、くらいに思っていた。
ところが実際には、50メートル近く掘るとなると、掘削に使うホースやパイプ、機材類を置くための場所がかなり必要になるのである。
これも完全に予想外だった。
今回の敷地では、そのスペースを自分の敷地内だけで確保するのが難しく、結局、隣の主屋の敷地を使わせてもらわざるを得なかった。
幸い、それは了承してもらえたので、本当に助かった。
今にして思えば、こういう作業は柏や松戸のような住宅が密集した街中では、なかなか大変だと思う。
もっとも、そもそもそういう場所では井戸のある家自体が少ないのかもしれないけれど。
そして、実際に掘り始めてからも、知らないことだらけだった。
たとえば、井戸というのは掘って終わりではない。
掘ったばかりの頃は、水にかなり砂が混じるらしく、しばらくは一日中、水を出しっぱなしにして砂を抜く必要があるのだという。
これには驚いた。
こちらは水道水に慣れているから、蛇口から水を一日中流しっぱなしにするなんて、ほとんど狂気の沙汰に感じる。
もったいないにもほどがある、という感覚だ。
けれど、井戸水は基本的には“自分の水”である。
もちろんポンプを回す電気代はかかる。
しかし、水道料金がかかるわけではない。
そう思うと、水道水とはまったく感覚が違うのだ。
そして、いよいよ勢いよく水が出たときは、やはり感動した。
「ああ、これで本当に自分の水が出るんだ」
そんな気持ちだった。
それまでの水は、隣の敷地にある井戸に頼っていた。
使わせてもらっているだけの、どこか落ち着かない水だった。
けれど、今度は違う。
ちゃんと自分の敷地の中に井戸があり、そこから水が出てくる。
たかが水、と言えばそれまでかもしれない。
でもこのときの私にとっては、それがとても大きな意味を持っていた。
インフラを自分の手元に取り戻した。
ようやくこの家が、少しずつ“自分の管理できる家”になってきた。
そんな感覚があったのである。
大先輩登場
そんなある日、道路向かいの家から作業着姿のおじいちゃんがこちらに歩いてきた。
話をしてみると、向かいに住む若夫婦の親戚だという。
聞けば、大工として働くかたわら、自ら古い一戸建てを購入してリフォームし、売却しているとのこと。
まさに、今自分がやろうとしていることを実践している“大先輩”だった。
私は興味津々で尋ねた。
「この家、いくらで買われたんですか?」
返ってきた答えは、なんと50万円。
私はこのパナホームの家を350万円で落札している。
思わず考え込んでしまった。
彼は本職の大工だ。リフォームなどお手の物だろう。
一方の私は、右も左もわからない素人同然の状態で手探りで進めている。
その家は売却せず、親戚に住まわせているとのことで、実際の売却価格は不明だったが、「地道にやれば利益は出る」との話だった。
「売れる」という見通しがあること自体は安心材料ではあった。
しかし、自分のリフォームの出来にはどうしても自信が持てない。
かといってプロに依頼すれば、費用は軽く5倍から10倍に跳ね上がる。
それでは、とても利益は出ないこともわかっていた。
結末がどうなるかはわからない。
それでも、今はただ、手を止めずに進むしかない――そう思った。
第16話 道路の権利交渉、元の所有者を訪ねる、スーツを着ない営業マンへ続く


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