私は屋根の上にいた。
片手にはスコップ、目には100均で買った花粉症用メガネ。
八街の春をなめてはいけない。
ここはピーナッツ栽培が盛んだが、その土質は驚くほど粒子が細かい。
風が吹けば、5メートル先も見えないほどの「土ぼこり」が舞い上がる。
作業を始めてわずか1分。
鏡を見ずともわかる。
今の自分は、煙突掃除に失敗して煤(すす)だらけになったサンタクロースのような顔をしているはずだ。
雨どいに眠る「堆積物」
この家が競売にかけられるまでの長い年月、手入れをされた形跡は微塵もなかった。
屋根に登り、雨どいの中を覗き込んで絶句した。
土が、溢れんばかりに詰まっている。
風で運ばれたピーナッツ畑の土が、雨のたびに固まり、今や立派な「地層」と化していた。
「これじゃ、水が流れるわけがない……」私はスコップを突き立て、その重い土を掘り返し始めた。
予想を遥かに超える土の量に、私はふと思いついた。
「隣の空き地に放り投げればいいか。後で回収すればいいだろう」
軽い気持ちで、屋根の上から隣の敷地へポイポイと土を投げ捨てた。
あらかた掃除を終え、ホースで水を流すと、「ゴォーッ」と小気味よい音が響く。
「よし、雨どいが生き返った」一件落着。その日は心地よい達成感とともに八街を後にした。
投げ捨てた土の回収をすっかり忘れて・・・
玄関に挟まれた「一枚の紙」
翌週、先週のあの土を片づけなければと考えながら現場に到着した。
すると、玄関ドアの隙間に小さな紙切れが挟まっていた。

そこには見覚えのない電話番号と、「連絡ください」という短い一筆。
嫌な予感が胸をかすめる。
意を決して電話をかけると、相手は隣の敷地の所有者だった。
「あ、こんにちは。実は私、お隣の物件を買った者でして……」
相手の声は一見穏やかだった。
彼は現役のサラリーマンでありながら、投資用として隣の空き家を購入した「サラリーマン大家」だという。
「いやあ、同じ投資仲間ですね!」 親しげに話しかけてくる彼に、私は違和感を覚えた。
私は投資目的というより、独立のための「真剣勝負の実験」としてここにいる。
彼とは見ている景色が違う気がした。
そして、本題が切り出された。
「……あの、もしかして、うちに土、捨てました?」心臓が跳ねた。
なんともタイミングがわるい。
ほとんど顔を合わせることの無かった隣人が、たまたまこの日はいたのだ。
彼はしっかり見ていた。
「あ、すぐに片付けます」トラブルは避けたかった。
大らかそうな口調の裏に潜む、妙に細かい神経。
私は「この人とは深入りしちゃいけない」と直感した。
狂乱の競売市場
その後、作業中に彼と何度か顔を合わせ、言葉を交わした。
近年の競売市場は過熱し、彼のような一般のサラリーマンがこぞって参入している。
だが、彼と話すたびに、どこか「自分さえ良ければいい」という独善的な空気を感じ、私は不信感を募らせていった。
ただ、一つだけ収穫があった。
彼の買った物件は、深刻な雨漏りに見舞われていたらしい。
「雨漏り修理、30万くらいで直るみたいですよ」私のパナホームには幸い雨漏りはなかったが、その相場観を聞いて少しだけ安堵したのを覚えている。
インフラも、隣人も、そして市場も……競売という世界は、一筋縄ではいかないプレイヤーばかりが集まる場所なのだ。
泥だらけの顔を拭いながら、私は次の工程へと目を向けた。
いよいよ、この家の運命を変える「駐車場造成」が始まる。
第8話:なぜ「西側」だったのか? 駐車場の運命を決めた決断
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